2018年07月28日

上川陽子法相:オウム真理教事件・死刑囚残る6人の死刑執行〜全員の執行終了


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法務省は26日午前、1995年地下鉄サリン事件、坂本堤(さかもと つつみ)弁護士一家殺害事件など13事件を起こしたオウム真理教の元幹部、林(小池に改姓)泰男死刑囚(60)=仙台拘置支所=、岡崎(宮前に改姓)一明死刑囚(57)=名古屋拘置所=、端本悟死刑囚(51)=東京拘置所=、豊田亨死刑囚(50)=東京拘置所=、広瀬健一死刑囚(54)=東京拘置所=、横山真人死刑囚(54)=東京拘置所=の計6人の死刑を執行したと発表した。
戦後事件史に残る特異な凶悪テロ事件は、今月6日執行の松本智津夫元代表(麻原彰晃、執行時63)ら7人と合わせ、首謀あるいは深く関与した死刑囚全13人の死刑執行を終えた。
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確定判決などによると、オウム真理教団は1989年11月に神奈川県横浜市内で、教団の被害対策弁護団の坂本堤弁護士(当時33)と妻(同29)、長男(同1)の一家3人を殺害し、ご遺体を山中に埋めた。
1994年6月には長野県松本市内で猛毒サリンを散布し、住民8人を殺害。1995年3月には営団地下鉄(現東京メトロ)丸ノ内線・日比谷線・千代田線の3路線で同時多発的にサリンを撒き、13人を殺害、約6,300人以上が負傷した。
岡崎一明死刑囚、端本悟死刑囚は坂本堤弁護士一家殺害に関与。林泰男死刑囚、横山真人死刑囚はサリンの散布役を務めた。広瀬健一死刑囚、豊田亨死刑囚は兵器製造などを担った。
同一事件の共犯者は一斉執行するのが慣例だが、法務省は、拘置所の施設面の限界や、大量執行は国際的な批判を招く事などを考慮し、分割して執行したと見られる。
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6人は全員、公判で起訴内容を大筋で認めた。一審で死刑判決を言い渡され、高等裁判所、最高裁判所でも維持された。岡崎一明死刑囚は教団元幹部としては最初の、2005年に死刑が確定。その他の5人も2009年までに確定した。
地下鉄サリン事件から23年。2009年の最終死刑確定から約9年余り。日本の犯罪史上最悪の大量殺戮テロ事件は、殆どの死刑囚が事件の真相を語る事のないまま、極刑に処された。
これにより、有罪が確定した教団関係者190人全員の刑事手続きが事実上完了した。

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上川陽子法相は6日に続き、26日11時05分、法務省で記者会見し、「犯行は身勝手な教義の解釈で無差別テロに及んだ、過去例をみない、二度と起きてはならない凶悪重大なもの。サリンという化学兵器による無差別テロ発生は、世界に衝撃を与えた」と批判。執行命令書への押印は「24日とした。被害者やご遺族が受けられた恐怖や苦しみ、悲しみは想像に絶するものがある。慎重にも慎重な検討を重ねた上で執行を命じた」と、事件を総括した。
同じ月に2度の執行は極めて異例。上川陽子法相は前回の法相在任中(2014年10月〜2015年10月)を含め計16人の執行を命じた事になる。1989〜1993年に当時の法相のスタンスなどから、死刑執行が停止状態になった後の法相としては最多で、これで刑事施設に収容中の確定死刑囚は110人(うち再審請求中87人)となった。

松本智津夫元代表の神格化や、後継団体の反発が懸念される中、上川陽子法相は期間を空けずに残る死刑囚の刑を執行する事で、信者らによる不測の事態を防ぐ狙いがあると見られる。




日本政府には過去に痛い経験がある――。
オウム真理教による地下鉄サリン事件より遥か前、日本赤軍による1975年クアラルンプール事件、1977年ダッカ日航機ハイジャック事件で、刑務所に拘束中の仲間を「超法規的措置」として、計11人を釈放した。
これに対して1994年エールフランス8969便ハイジャック事件では、イスラム武装集団の要求に屈服せず、特殊部隊の突入で乗客と犯人7人が死亡したが、140名以上が助かった。
1996年エチオピア航空961便ハイジャック墜落事件ではナイロビが着陸を拒否したため、インド洋に墜落、123人が死亡した。
また1995年の警察庁長官狙撃事件では、オウム真理教と関係あるのではないかと言われたが、犯人は分からず未解決事件として時効が成立。
1974年に起きた東アジア反日武装戦線による三菱重工爆破事件では、8人の死者、負傷376人と戦後日本最悪の爆弾テロが発生。この時関与したメンバーが一斉に逮捕されたが、先に述べた「クアラルンプール事件」と「ダッカ日航機ハイジャック事件」で釈放されている。

オウム真理教という教団は解体したが、その分派団体は今も存在する。
死刑囚を奪還しようと思えば、容易く出来る時代。『新幹線』『地下鉄』『学校』など標的となり得る場所は幾つもある。先の時代のように人質との交換となった場合、果たして死刑囚を釈放出来るのか――。
EUは例え人質がいても強行突入する事が殆ど。その時犯人も人質も死ぬ。だから日本には死刑反対を毎回押し付けてくる。しかし死刑制度が歴然と存在し、それを大多数の国民が支持しているとすれば、他国がとやかく注文をつけても法治国家として粛々と進めるのが当然だろう。

過去の苦い経験から、テロに備える為の特殊部隊も作った。在ペルー日本大使公邸占拠事件のように、例え外国人が人質になろうとも、犯人に屈服してはならないと言う意識が、今の日本人には芽生えているような気がする。






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posted by かえぴょん at 16:10| Comment(0) | 凶悪残虐事件の終幕切 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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