2016年03月06日

事件から2年半…千葉県習志野の女性惨殺事件、中国籍の楊暁春容疑者を逮捕送検


千葉県習志野市で2013年(平成25年)6月、出勤途中だった派遣社員で千葉県習志野市谷津の広畠かをりさん(当時47)が殺害され、遺体で見つかった事件で、千葉県警習志野署捜査本部は3日、中国籍の住所不定、無職・楊暁春容疑者(50)を、殺人容疑で逮捕した。捜査関係者によると、楊暁春容疑者は東京都内で別の窃盗事件を起こし、有罪判決を受け、千葉県警に逮捕される3日まで関東府中刑務所に服役していた。

千葉県警習志野署捜査本部は、現場に残されていた遺留物(遺留物が何かは未公表)の鑑定の結果、楊暁春容疑者が事件に絡んでいる可能性が浮上したと言う。楊暁春容疑者と広畠かをりさんとは面識は無かったと見られる。

事件は約2年半前の2013年(平成25年)6月24日に発生!

千葉県習志野市茜浜の県道近くの緑地帯内で2013年(平成25年)6月24日午前10時40分頃、派遣社員の広畠かをりさん(当時47)が、仰向けの状態で倒れ、死亡しているのが見つかった。広畠かをりさんの遺体には、顔面などに、激しい暴行を加えられ殴られた痕があり、死因は、首を絞められ頸部を圧迫された事による窒息死だった。広畠かをりさんは、前日の夜に職場へ向かう途中で何者かに襲われたと見られ、千葉県警が殺人事件として捜査していた。


事件の経緯

広畠かをりさんは殺害された翌日、仰向けに倒れて死亡しているのを男性清掃員(当時63)が発見した。首には圧迫された痕があり、争った形跡も見られない事から、千葉県警は殺人事件と断定し、千葉県警習志野署に捜査本部を設置。
広畠かをりさんは千葉県習志野市谷津で1人暮らしをしており、現場は自宅から会社までの通勤ルートだった事が判明した。広畠かをりさんは平成25年6月23日正午まで、自宅マンションの行事に参加し、同日は、午後10時から派遣先の千葉県船橋市高瀬町の食品加工会社で勤務予定だったが、無断欠勤していた。自宅から会社までは徒歩で約30分。午後9時過ぎ、自宅近くの防犯カメラに広畠かをりさんが歩く姿が映っていた事から、捜査本部は犯行時刻は6月23日午後9時半頃の可能性が高いと見ていた。
広畠かをりさんの自宅は、京成電鉄谷津駅前の商店街にあり、夜でも明るい。しかし、勤務先に向かう県道近くの緑地帯を通る道は、商店街を抜ける辺りから段々暗い場所が多くなる。車は立ち入れず、街灯も少ない遊歩道を歩いている所を、広畠かをりさんは、突然の惨劇に遭ったと見られた。

近くの公園には、広畠かをりさんの靴など所持品が周囲数メートルに渡って散乱・・・。見つかったバッグの中には、パンなど夜勤時の軽食と見られる物も見つかった。財布の中から現金が抜き取られていた為、千葉県警習志野署捜査本部は、見ず知らずの広畠かをりさんを襲った「流し」による、凄惨な強盗殺人事件の可能性が高いとして捜査。

事件が急展開したのは、現場に残された遺留物などから、別の窃盗事件で服役していた楊暁春容疑者が浮上した事。当時、楊暁春容疑者は現場近くに住み、工場で働いていましたが、その後の捜査関係者への取材で、事件後から行方が分からなくなっていた事が分かりました。楊暁春容疑者は逮捕前の任意の事情聴取に関与を否定していて、警察は事件までの経緯や犯行の動機などを詳しく調べている。
千葉県警習志野署捜査本部は4日昼、殺人の疑いで楊暁春容疑者を千葉地方検察庁に送検した。


これで、真面目に働いていた女性の怨恨と憎悪は癒されるのだろうか・・・?
凄まじい力によって頸椎を圧迫され、「助けて!」と言う声も出なかっただろう無念の怨念が消える事は無い! 決して無いのだ!!
この悔しさと怒りと恨みを少しでも鎮める事が出来るのは、被害者と同等の苦痛を、法の秩序によって味わってもらう以外に、方法は何一つ無い!!






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posted by かえぴょん at 00:29| Comment(0) | 凶悪殺戮--東日本編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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