2016年01月19日

惨劇15人死亡…長野県で相次ぐ悲劇的なバス転落事故

近年、10人以上の死者を出すバス事故は起きていなかった───。

しかし長野県では過去3回・・・他県を入れると過去5回、悲劇的な大惨事が起きている。



記憶に新しい群馬県藤岡市の関越自動車道での、ツアーバス防音壁衝突事故では7人が死亡したが、今回のスキーツアーバス転落事故は15人と凄惨を極める。

悲劇的なバス事故は、長野県で多発しており、1985年1月に長野市の国道19号でスキーに向かう関西からのバスが犀川(さいがわ)に転落、25人が死亡。1977年8月に、山梨県で観光バスが谷に転落して、10人が死亡。1975年1月には、長野県大町市でスキー場に向かうスキー客送迎のバスが青木湖に転落、24人が死亡。1972年9月には当時の長野県戸隠村(現:長野市)で観光客を乗せたバスが大型トラックとのすれ違いの際、路肩が崩れて川に転落、乗客15人が死亡。他に戦後間もない頃の1955年5月に岩手県北上市の国道4号で修学旅行のバスが川に転落、児童12人が死亡。

しかし1975年以前の事故は、道路が狭く、舗装もされていない為、同類の事故として扱うには相応しくないが、山岳道路の危険性が盛んに指摘され、道路整備やトンネルの追加、急カーブの解消が進められて来た。今では高速道路網が充実して来たものの、それでもバスの事故は起きている。

最近の高速道路でのバス事故では、2014年3月に富山県の北陸自動車道のサービスエリアで、夜行バスがトラックに衝突、2人死亡。関越自動車道での7人死亡事故は、2014年4月。遡って、2009年7月には大分自動車道でバスが横転、野球部員1人が死亡。2005年4月には福島県の磐越自動車道で高速バスが横転、3人が死亡している。

こうして見ても、死者15人と言うのは偏って極端に多い事が分かる。
しかもどれも長野県に集中している────。

高速道路上でのバス死亡事故は、自公政権が2000年に貸し切りバスを『免許制から許可制に切替え』る改正道路運送法の「規制緩和」を行った。その結果、改正前の約2300社から10年間で約4400社へと倍増。その結果、価格破壊競争が始まった・・・。
つまりそれは運転手の低賃金と労働環境の悪化、小規模会社の乱立と言う悲劇の種をバラ蒔いてしまった・・・。

運悪く、呪われた長野県山岳地帯の国道峠越えのツアーバスに乗ってしまった人達。本来のルートも何も無い、無計画なツアーバスとも知らず、高速道ではない峠越えに遭遇────いや、それすらも知らされず、大惨事となってしまった。




posted by かえぴょん at 22:00| Comment(0) | 需要なく粗放品で滅ぶ国内企業 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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